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イベントレポート!!

シオンの悲しむ者達に、灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を、
憂いの心の代わりに賛美の外奪を着けさせるためである。
彼らは、義の極の木、栄光をあらわす主の植木と呼ばれよう。(イザヤ書六一・3)
二○一六年八月一五日、その日、主はイザヤの預言の通りに、日本の憂いの心の代わりに賛美の外奪を着けてくださった。
イエス様は言われます。「もうあなた方は、囚われの身ではない、私が七○年後にバビロンからイスラエルの民を連れ出したように、あなた方を解放した。私はこれから、
あなた方を私の民として導いていく。私の名を恐れる民となりなさい。
今こそ私があなた方の国の王であることを喜びなさい。私はそれを隠さない。これからそれを現していく。だからあなた方もそれを隠さないで、多いに誇りとしなさい。
日の出づる国に義の太陽が昇るときが来た。日本の新しい夜明けがきた。喜び踊りなさい。喜び跳ね回り、敵を踏みつけなさい。呪いはうちくだかれたから。私は日本を勝利に導く王である。私の名を呼び宣言しなさい。」
二○一六年八月一五日(月)、第一回ジーザスレインズジャパン(イエスは日本の王である。)が、東京都 江東区にある大型ライブハウス豊洲 ピットで行われた。
これはフィリピン発の新しいタイプのフェスティバルで、「イエスの統治」を宣言し、賛美とダンスと祈りを捧げ祝う集会である。
初めてで、知名度がない。大きな教会からの支援はなく、小さい教会や志を同じくする聖徒たち少数先鋭で、細々と準備を進めてきた。だから何人参加してくださるのか
全く把握する術がなかった。
朝九時過ぎから会場の飾り付けを始めた。
また、ステージでは音響照明関係の搬入と設置が始められた。
みんなの生き生きと準備を進めている姿を見て、
集客数を気にしている自分を悔い改め、「すべて主に委ねます!参加者をあなたが送ってください!」と祈った。そして、まだガランとした豊洲ピットの会場に
椅子の設置を始めた時、主は人でいっばいになった会場を私の心に見せてくださった。
結果的にあらかじめ決めておいた席の数がすべて埋まった。実際、それ以上の1,000人弱の人が参加してくださった。

ジーザスレインズはパレードから始まる

十時過ぎからパレードの参加者たちが、其々の教会から召し出されたように
ゾロゾロと集まってくるのを見た時、私は天の御国の人々の群れを見た思いがした。
ただ、主の統治を宣言するために、すべてのことを置いて集まった無私無欲な情熱的
な主の民は弦しかった。
今回は初めての場所でのパレードのために、前もって人数を設定しなければならなかったため、当日参加を希望された多くの方々をお断りするのが心苦しかった。

角笛の合図で、横三列、長さ二百メートルのパレード隊は、イエス様の御性質を表す色とりどりの旗、国々を祝福するため万国旗を掲げ、喜びで興奮しながら約四十分間、賛美と祈りと宣言をしながら行進した。この祈りの歩行をしながら、浄めのためのオリーブ油を撤いた。豊洲周辺でのクリスチャンのパレードは初めてで、
意義のある祈りの歩行だったと思う。当日は、台風が接近していることから、朝からどんより曇っていて、昼頃から雨になる予報が出ていた。
しかし、出発点の会場に戻る寸前にポツっと降り始めた雨は、最後の列が戻り、ジーザスレインズ(イエスの統治)を七回宣言したその時に止み、そして厚い雨雲に割れ目ができ、みるみる青空が広がり、真夏の太陽が顔を出しキラキラと輝きだした。
まるで天の門が開かれたような 光景に、一同思わず感動と異長れで涙が溢れ、
ひざまづき、ひれ伏し、さらに三十分ほど祈り続けた。

 

午後からのプログラムは、角笛とジーザスレインズの宣言から始まり、「イエシュア」と「イエス戦隊」を高らかに賛美し、一挙に聖霊充満の興奮と喜びで会場が満たされた。日本文化の噴いをテーマにした「ジーザスソーラン節」で会場は感動に包まれ、主に栄光を帰した。

また、日本人の教会のチーム、フィリピンの教会のチーム、
フィリピンと日本人の混合賛美チームなど、会場は踊り手拍子をして主を喜んだ。
この日のためにプロジェクトチームは半年間毎月集まって祈り、賛美をともにした。
第一ジーザスレインズジャパンは、戦後七一年目の八月一五日に開催するということが預言的に神様から与えられていた。
このことを受けて、戦争中に偶像礼拝の罪を犯してしまったことへの悔い改めの宣言文を朗読し、それぞれの教派の代表が祈祷をし、これからの日本をイエス様が統治してくださることを宣言した。
次に、日本を九地区に分け、その代表者による都道府県の祈りが続いた。
各地の地域の霊の縛りを打ち破り、イエス様が統治してくださるように宣言した。
続いて、九台の金の濁台に点灯し、聖霊様が日本全国を覆ってくださるように祈った。
この全国の祈りは参加者の心を感動させた。
このようにクリスチャンが集い、熱い心で日本のために、
地域のために祈ることの大切さを知ったとのコメントが寄せられた。
海外は、フィリピン、インドネシア、シンガポール、香港から総勢五三名が参加し、
全員ステージに上がって日本への赦しを解き放ち、ともに戦っていくことを宣言した。

夜のプログラムは、プロとして活動している複数のバンドが、
ハレルヤや詩篇を題材としたオリジナル曲、和とゴスペルを融合させた曲など、
映像からなる大掛かりなパーフォーマンスアートと伴に披露した。
彼らも他の出演者同様、主の栄光をあらわすためにボランテイアで出演してくれた。
クリスチャン人口が少ない日本ではあるが、クリスチャンアーティストの層は厚くなってきている。
これは文化の回復が起こっていると言える。

会場は多いに沸いた。ステージと会場が一体となって、ジーザスレインズの合唱が始まった。
二○一二年にセブ島の一人の女性に、神様がこの集会のビジョンを与え、
四年間でフィリピン八二県で同日同時開催するまでに広がっていった。昨年は全国で約八○万人がこの集会に参加した。フィリピンはアジアで唯一のキリスト教国とはいえ、このような集会は以前にはなかった。新しいタイプの聖徒主体型の運動である。
今 ジーザスレインズの聖霊の波が日本に到達し、霊的に日本とフィリピンがつながった。そして、インドネシアでも一○月一日に初めて開催された。
かつて日本が苦しめた国々と日本が、七一年目にジーザスレインズを通して、
新しい聖徒運動を共に推し進めていくという形で友好を深めていき、アジアの一致が進んでいく。

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